●登場人物
●兄 父親から受け継いだ、商店街の中華料理屋『珍々』を切り盛りしている料理人。一見いい加減に見えるが台湾に単身料理人修行に行くなど、料理に関しては真剣。32歳独身。
●妹 元気はつらつ高校生女子。同じ商店街のイタリアン『アマルフィ』のマスターが最近気になっている。茶道部所属。17歳。
●イタリア 商店街のイタリアンレストラン『アマルフィ』のオーナーシェフ。絵にかいたような2枚目料理人。物腰柔らかだが料理への熱い情熱がある。25歳独身。
■S1 中華料理『珍々』
お昼のドタバタも一息ついた14時過ぎ。
厨房の片付けをしている兄のもとに、学校帰りの妹が帰ってくる。
妹「ただいまー」
兄「おう、お帰り。メシは?」
妹「まだ」
兄「待ってろ。なんか作ってやるよ」
妹「ありがとー」
SE 中華鍋で何かを炒める音
妹「帰りがけにアマルフィで食べようかと思ったんだけど、まだ混んでてさあ」
兄「あ? あのいけ好かない兄ちゃんがやってるイタリアンか」
妹「えー。めっちゃにこにこしてて愛想いいし。お兄ちゃんの方がよっぽど感じ悪いよ」
兄「料理人は歯を見せて笑わないもんなの! ペラペラしゃべくって、ツバとか料理に入ったらどうすンだよ!」
妹「思いっきりツバ飛んだけど、今!?」
兄「軟弱なイタリアンと違って、中華は燃え盛る炎で瞬時に殺菌するから大丈夫だ」
妹「死ぬかな、お兄ちゃん菌」
兄「死ぬよ。一発でコロリと。略してイチコロだよ」
妹「でも、人気あるのもわかるよ。美味しいし」
兄「そうかねえ」
妹「マスター、イケメンだし。あの顔を見てると、美味しさが30%くらいアップするよね」
兄「料理は顔でするもんじゃねぇの……ホレ」
兄、作った料理を妹に出す。
妹、手を合わせて食べ始める。
妹「いただきまーす……あ。これ美味しい」
兄「いいだろ? オレンジジュースに付け込んだ豚のスペアリブとサイ切りしたジャガイモを揚げて、黒酢の甘酢あんで絡めてみたんだ」
妹「うん、ごはんと合う! これ、新メニューにするの?」
兄「ああ。もう少し工夫してから、ランチに出して様子見ようかってな」
妹「うん、おいしー! お兄ちゃん、アマルフィに負けてないよ!」
兄「だろ!? まあ、腕が違うんだよ、腕が」
妹「すごいなー。顔で美味しさ30%ダウンしてるのに」
兄「なんでダウンするんだよ!?」
妹「え? 逆にダウンしない要素、ある?」
兄「あるよ! こう見えても、モテ期は何度も来てるんだよ!」
妹「今は氷河期だけどね」
兄「馬鹿! 俺みたいなのが好きってのも、いるんだよ」
妹「どこの国に?」
兄「日本にいるから!」
妹「何時代に?」
兄「現代だよ! この渋い雰囲気がチャームポイントだ」
妹「チャームって……魅了、されるかなあ?」
兄「されるされる。RPGなら、モンスターが見とれて攻撃できなくなるヤツだよ」
妹「まぁ、モンスターならね」
兄「(何か言いたそうに口を開くが、はあっと嘆息)もお、黙って食え!」
妹「でも、この間食べに行ったとき、マスターわたしのこと覚えてたよ」
兄「スケコマシは女の顔は忘れないんだよ」
妹「お兄ちゃんのことも覚えてたよ。お会計するときに……」
イタリア「いつもありがとうございます。今度、お兄さんのお店にも食べに行かせてもらいますね」
妹「って、言ってたよ」
兄「そう言って、まだ一回も来てねぇだろ。だいたい、そんなのはな……」
イタリア「あんな先週だけでゴキブリが3匹も出たような不潔な店に、このハンサムな僕が行くわけがないだろう。まったく、あの貧相な貧乏娘もご近所じゃなきゃ話なんかしないのに」
兄「とか、言ってるに違いないんだ。顔がいいからって言いたい放題だな。まったく、ロクでもねぇ野郎だ」
妹「いや、言ってないから!? お兄ちゃんの想像でしかないよね! ていうか……先週3匹もゴキブリ出たの!?」
兄「出たけど、問題ねぇよ。3匹とも見つけた瞬間に、コイツでスコーン!と退治したからよ」
妹「オタマで!?」
兄「大丈夫だよ。ちゃんと直火であぶって消毒したから」
妹「いや、捨てて!? ていうか、それで調理したのわたしに出さないで!」
兄「だいたい……日本人なのに、なにがイタリアンだよ」
妹「え? 別に良くない?」
兄「よくねぇ。アイツの場合、女にモテたいから選びました感がにじみ出てるんだよ。何が『ボーノ!』で『ボンジョルノ』で『スパシーボ』だっての」
妹「……最後の違くない?」
兄「そもそも! 日本人がわざわざイタリアの料理を作らなくてもいいだろ」
妹「そんなことないとおもうけど?」
兄「そんなことあるって。日本人なら日本の料理を作れってンだよ」
妹「いや、でもウチ中華じゃん!?」
兄「……(目をそらす)」
妹「日本人がわざわざ中国の料理を作るのはいいワケ?」
兄「馬鹿、その、アレだ……イタリアと中国とじゃ文化的な距離が違うだろ? 日本の文化は古代中国の影響を受けてるんだよ」
妹「そういう話? でも、中国だって外国じゃん」
兄「古代にはここらへんだって中国の一部だったかもしれないだろ」
妹「埼玉が??」
兄「伝わってない歴史ってのがな、あるんだよ。古代には」
妹「そっかなー。中国だった名残りとか、全然ないけどなあ……」
兄「そんなことないだろ。中国の皇帝ってのはな、すごく偉かったんだよ。だから、とんでもなく巨大な宮殿に住んでたんだ。その名残りがここの地名に残ってるんだよ」
妹「中国の皇帝、大宮に住んでたの!?」
兄「だから、中華料理は日本と縁が深いの。イタリアンとは違うんだよ」
妹「そっかなー……大宮の【宮】って、宮殿じゃなくて氷川神社のことだとおもうけどなあ」
兄「お前は騙されてるんだよ」
妹「誰に!?」
兄「なんか、アレだよ。あるんだよ、そういう陰謀とかがよ」
妹「絶対にお兄ちゃんに騙されてるとおもう」
SE カラカラ、と引き戸が開く音
イタリア「ごめんください」
妹「はあい……って、アマルフィさんっ!?」
イタリア「回覧板です。サイン貰えたら、このまま隣にまわしちゃいますよ」
妹「ありがとうございます! ほら、お兄ちゃん!」
兄「あー、ありがと。今、パパっと書いちゃうんで待っててね」
妹「もー、お兄ちゃん! ちゃんと書いて! あ、よかったらお茶でも。ジャスミン茶、大丈夫ですか?」
イタリア「ありがとうございます。好物です」
妹「よかったー。今、いれますねー☆」
イタリア、席に腰を下ろしながら。
イタリア「この間はご来店ありがとうございます」
妹「い、いえいえ! アマルフィさん、おいしいから!」
イタリア「やっぱり、同じ飲食店の人がくると緊張しますね」
妹「そんな! 私なんて全然気にしないでください!」
イタリア「ドルチェをサービスしますから。お友達と一緒に来てくださいね、珍々さん」
妹「かおるですっ!(前の台詞尻を食う感じ&大声で)ぜひ、店名じゃなく名前で呼んでくださいねっ!」
兄「なんだよ。爺さんの代から3代続く、歴史と伝統のある店名だぞ?」
妹「いや、だって……」
兄「戦争で大陸から帰った爺さんが『日本で食べられないような珍しいものを出そう』ってこの店名になったんじゃないか」
イタリア「そんな由来があったんですね。それはすごい」
妹「でも、この店名だと友達とか呼べないしなあ……」
兄「バカ野郎! お前の高校の学費だって、俺が頑張ってこの珍々で稼いでるんだぞ!?」
妹「うん、ありがとう! そのことに関してはお兄ちゃんに感謝してもしきれないんだけど、ちょっと黙っててくれるかな!?」
兄「なんだよ……(不満げ)んで、イベント? 来週の土日?」
イタリア「ですね。取材とか来るみたいですよ?」
妹「あ、うちの学校のマーチングバンドが演奏するって言ってました」
兄「お前は何もやらないのか?」
妹「茶道部って、商店街のイベントでやることなくない?」
兄「野点でもやればいいじゃないか? 場所あるだろ?」
妹「そっかー。でも、うちの部は実際のところ【茶釜で沸かしたお湯でカップラーメン作る部】だし」
兄「怒られるぞ!?」
妹「一応、みんなでラーメン食べる時には容器回してるよ?」
兄「守るべき作法はそこじゃねぇだろ」
妹「でもさ。粉末のお抹茶に、お湯入れてかき混ぜて出来上がりでしょ? 茶道って、インスタントだよね?」
イタリア「あー、確かに(苦笑)」
兄「お前ら、伝統文化をなんだと思ってるんだ」
妹「うちの店、何かやるの?」
兄「どーすっかなあ。特に売上が上がるわけでも……屋台コンテスト?」
妹「『商店街で一番うまい店を決めよう! 飲食店対抗、グルメ屋台コンテスト』」
兄「めんどくせーっ! こんな煽りかたされたら辞退できない奴じゃねーか!」
妹「アマルフィさんも、参加されるんですか?」
イタリア「はい。この言い方だと辞退できませんから。あ、すみません長居してしまって」
妹「いえいえ! また来てくださいねー!」
イタリア「では、ごちそうさまでした」
SE 引き戸開ける&締める
イタリア、捌ける
妹「はー……カッコよかったあ」
兄「ったく、あんな中華鍋も振れなさそうなのがいいのかねえ」
妹「そこが、いいんだよねえ……さあ、お兄ちゃんもイベント頑張らないと」
兄「何か考えておくよ。よし、ボチボチ夜の仕込み始めるかあ……」
――抜粋、おしまい